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パッション(THE PASSION OF THE CHRIST)
2004年05月05日 (水) | 編集 |
THE PASSION OF THE CHRIST ■パッション(THE PASSION OF THE CHRIST)
 ■製作 : 2004年/アメリカ・イタリア
 ■監督 : メル・ギブソン
 ■出演 : ジム・カヴィーゼル/モニカ・ベルッチ/
 マヤ・モルゲンステルン
 ■面白度 : ★★★☆(3.5)
 ■場所 : ヴァージンシネマズ六本木7

■あらすじ
弟子のユダに裏切られ、大司祭が差し向けた兵に捕らえられたイエス
ジム・カヴィーゼル)。
裁判で自らを救世主だとほのめかしたイエスは、神の冒涜者としてローマ提督ピラトに引き渡された。
ピラトは、イエスの罪が不明確だと知りつつも、敵意をあらわにする司祭と群衆を前に、彼を十字架にかける決定を下す。
鞭打たれ、傷だらけの体で十字架を背負い、イエスはゴルゴダの丘へと足を進める。
磔にされながらも人々のために祈り続け、イエスはやがて、最期の時を迎えるが…。

■感想?
はい。水曜日に観た2本目です。
1本目で連れが間違って迷い込み、2本目となりました。
コレが1本目だったら、『コールドマウンテン』は観なかったです。(断言)

わたしは、無宗教です。
神様は一応信じてますが。(困った時だけ)
なので、この映画を観て、ところどころに出てきた<教え>と言うものに眉を顰めたのも事実です。
聖書については、新約・旧約共に、歴史の物語としてサラリと読んだことがあります。
だから、この映画もあくまでも興味深い歴史の物語として観ています。

内容は色々なところで話題になっているように、とてもリアルに残酷です。
「目を背けないで欲しい」と言われても無理な相談です。
しょっぱなから最後まで、泣き通しでした・・・。
群集心理の恐さ、人間の残酷さ、マリアの母としての想い、イエスの息子としての想い。
色々なことが、悲しくて痛かったです。
ユダヤの人が必要以上に悪く描かれている、という話もありますが、確かにそうかもしれません。
でも、私からしてみたら、ローマ人は何なんだ!?って感じです。
自分の保身の為に、イエスの処刑を決めてしまった総督ピラトもそうだけど、必要以上に、それも笑顔で鞭を振るった役人なんて、もぉっ!!
完全にイッちゃってます。
それに、泣いてる民衆の人だって、泣いてる場合か?って苛々しちゃうし。
結局、みんなが悪いんぢゃないの?と思ってしまうのは、やはり宗教が理解できない証拠でしょうか?
だってねぇ。
たまたま、イエスの処刑を要求したのが、ユダヤのアホ司祭たちだった、としか思えないんだも~ん。
しかも、今現在だって同じようなことを繰り返してるぢゃん。
誰かを悪者にしないと、やっていけない人間て、どうしようもないなぁ、と。
そんな感じです。
イエスが、「彼らは知らないのです」とさかんに言っていたけれど、無知であることが、とても恥ずかしかったです。
「無知の知」って言うけれど、それだけぢゃ駄目なのね。

12年の歳月と全財産を使ったメルさん。ごめん。
私は人間に幻滅する為の映画、としか思えませんでしたぁ。

全編がラテン語やアラム語のセリフになっていて、英語の字幕の上に更に日本語の字幕が付くこの映画は、なるべく大きなスクリーンで観た方が良いかもしれません。
結構、邪魔な感じがしました。
でも、ある意味勉強になったけどね。

ラストにイエスが言ったように
「なぜ、私をお見捨てになったのですか?」という気分になってしまった1本。


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テーマ:映画館で観た映画
ジャンル:映画
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